東京高等裁判所 平成2年(う)183号 判決 1990年5月10日
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役二年に処する。
原審における未決勾留日数中三〇日を右刑に算入する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人田中俊夫提出の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官提出の答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。
控訴趣意中、理由不備ないし訴訟手続の法令違反の主張について
所論は、要するに、原判決は、罪となるべき事実第一において、常習累犯窃盗の事実を認定しているが、そのうちの被告人の前科及び常習性の存在について、証拠の標目において、被告人の自白のほか、これを補強すべき証拠を掲げていないから、原判決には、理由不備の違法ないし判決に影響を及ぼすことの明らかな訴訟手続の法令違反がある、というのである。
そこで、原審記録を調査して検討すると、原判決は、原判示第一の常習累犯窃盗の事実について、証拠の標目として、(1)被告人の原審公判廷における供述、(2)被告人の検察官及び司法警察員(二通)に対する各供述調書、(3)A及びBの司法警察員に対する各供述調書、(4)B作成の被害届及び被害品確認答申書を挙示している。しかし、右のうち(3)及び(4)の各証拠は、窃取された自動車を所有する日東商事株式会社の専務取締役(A)及び本件直前に被害自動車を運転していた同社の運転手(B)の被害状況や被害車両の確認に関する供述を内容とするものであって、原判決が摘示する、被告人が昭和五八年一月二七日以降、窃盗又はこれを含む罪で三回懲役刑の執行を受けたことと、常習として本件窃盗を行ったことに関しては、(1)及び(2)の証拠しかなく、その内容はいずれも被告人の自白であることが明らかである。
ところで、窃盗等の防止及び処分に関する法律三条、二条で定める常習累犯強窃盗罪は、常習として窃盗罪、強盗罪、準強盗罪又はその未遂罪を犯した者が、その行為の前一〇年内にこれらの罪又はこれらの罪と他の罪との併合罪について、三回以上、懲役六月以上の刑の執行を受けたことを必要とし、右の前科及び常習性は常習累犯強窃盗罪の重要な構成事実となっているから、これを認定するにあたっては、刑訴法三一九条二項に従い、被告人の自白のほか補強証拠の存在を必要とするものと解するのが相当である。
そうしてみると、原判決は、原判示第一の事実について、被告人の自白を補強するに足りる証拠を挙示することなく、有罪の認定をしていることになり、これは刑訴法三一九条二項に違反するものであるから、原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな訴訟手続の法令違反があるといわざるを得ない。論旨は理由がある。
よって、量刑不当の論旨に対する判断を省略し、刑訴法三九七条一項、三七九条により原判決を破棄し(原判示第一の事実は、併合罪の関係にある同第二の道路交通法違反の事実と一括して処断されているから、原判決は全部破棄を免れない。)、刑訴法四〇〇条但書によりさらに次のとおり判決する。
(罪となるべき事実)
被告人は、
第一 (1)昭和五八年一月二七日厚木簡易裁判所で、窃盗及び道路交通法違反の罪により懲役一年、三年間執行猶予及び罰金五万円に処せられたが、(2)同年一一月一〇日金沢地方裁判所で、同両罪により懲役一〇月に処せられ、右の執行猶予を取り消され、(2)の刑及び(1)の懲役刑を引き続き執行され(昭和六〇年七月一一日(1)の右刑の執行終了)、(3)その後犯した同両罪により、昭和六一年三月二〇日横浜地方裁判所で、懲役一年四月に処せられ、その執行を受けた(昭和六二年六月一九日執行終了)ものであるところ、さらに常習として、平成元年一〇月四日午後八時四〇分ころ、神奈川県大和市<住所略>日東商事株式会社駐車場において、同所に駐車中の同会社(代表取締役C)管理の普通貨物自動車一台(時価約三七〇万円相当)を窃取し、
第二 公安委員会の運転免許を受けないで、同日午後九時五〇分ころ、東京都目黒区<住所略>付近道路において、前記自動車を運転し
たものである。
(証拠の標目)<省略>
(累犯前科)
罪となるべき事実第一中の(1)及び(3)のとおり(証拠・証拠の標目2、5、6に掲記のもの)。
(法令の適用)
被告人の判示第一の所為は盗犯等の防止及び処分に関する法律三条、二条、刑法二三五条に、判示第二の所為は道路交通法一一八条一項一号、六四条にそれぞれ該当し、判示第二の罪について所定刑中懲役刑を選択するところ、前記の累犯前科があるので、刑法五九条、五六条一項、五七条により右各罪について三犯の加重をし(判示第一の罪については同法一四条の制限に従う。)以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により、同法四七条但書及び一四条の制限内で重い判示第一の罪の刑に法定の加重をし、なお、本件各犯行の罪質、態様及び多数の同種前科の存在のほか、所論指摘の被告人に有利な情状等を総合考慮して、同法六六条、七一条、六八条三号により酌量減軽をし、その刑期の範囲内で被告人を懲役二年に処し、同法二一条により原審における未決勾留日数中三〇日を右刑に算入し、原審及び当審における訴訟費用は、刑訴法一八一条一項但書を適用して、その全部を被告人に負担させないこととし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 横田安弘 裁判官 宮嶋英世 裁判官 井上廣道)